「ステージなんてない」派

ステージってなんだ?

ステージが上がるとか、

今いるステージとか

その方の状態を表す言葉があります。

 

正しくは、認識ですけれど。

 

私はこの「ステージ」という考え方をしない派です。

 

遥か昔はこの考え方を聞いて

「ふーん、そんなもんなんだ」と柔らかく受け止めていましたが、

いろいろと なるほど と思うような体験が増え、

現在は

ステージなんてありゃしない。

ということに至りました。

 

この先

やっぱりアルネ。と変化しないとも言い切れないけど、もう随分

ステージという言葉は使わない派です。

 

ところで誰が発祥なの? 何に基づいているの?

ステージという言葉を誰が言い出したか知らない。

その背景をしったならもう少し「なるほど」と思えると思う。

例えば、〇〇教の経典に書いてある。とか

〇〇というメソッドから広がったとか。

 

ただ、この言葉を使うときに

ヒトの状態に階層があるという刷り込みがあるし

ステージ云々と発言する方の多くは

自分は上の方のステージだから。というエゴがあると思える。

 

 

人間にはエゴはあるし

それを否定はしない。

 

仏教の一つの流派?宗派?に

  • だってエゴがあるんだもん。
  • エゴを無くすって無理だもん。

(この無くすという考え方自体が そもそも私が無いのだから、その私のエゴもない。無い物は無くせない。という割合難しい解説が伴いますが私は解説しきれません)

それを、しょうがない。と言ったかどうかも知らないが、あるんです。

エゴって。

 

階層があるという前提でいると

ジャッジが漏れなく付いてくる。

 

おそらく、

その方々の考え方で言うと

「私は仮想のヒエラルキーの中の上のステージにいるので、ヒエラルキーを推奨しています」という状態のステージと言うことになるかもしれない。

 

仮想のヒエラルキーをつくり

その上の方にいる私に満足ということ?

 

それはその ステージとやらの考え的には上がったの?

 

ホント?

 

大切な事に気づくのは今だと思うけど。

そのまま行くと、厄介な状態を招かない?

 

エゴはある。が、気がつくことも人間の特性ではないだろうか。

 仮想ステージの上の方にいるんだというのは満足だろう。

これも人間の本能にある反応だと思っています。

 

満足はしたら良いし

エゴも当然ある。

 

記事を書いている私にも

自慢じゃ無いがエゴはある。

 

ただ、

いつの間にか

本来上も下も無いものに

階層を作って、無意識に競争してると言うのを気がついているのと、いないのとはちょっと違う気がする。

 

下をつくって安心?

人々を 上から眺めているの?

 

ところで、

あなたは、下のイラストの仮想階級のどこにいるの?

 

f:id:takedamiki-J:20190224190219j:image

 

チーズはどこへ消えた? 改め、アセンションはどこへ行った。

こう言う心理は

誰が流行らせ始めたのか知らないが、その片棒を担いで流行らせた個人個人は認識できる範囲に多くいた

アセンションという情報が意識に根付く心理だと思う。

 

どうやら、選ばれた人だけ上昇?するらしい。

最近聞かなくなったけど、

上昇はもう終わったんですかね?

 

アセンションとかをブログやFacebookで発信している人を一時期良く目にしたような気がしますけど。

 

飽きたんかな?

 

で、結局

上の方のステージという処にいた皆さんがいたんですかね?

上昇して?

居なくなったの?

 

 

私はどこにも属しておりませんでしたが、

今立派に生きています。

お陰様で健康にやっております。

 

ひょっとしたら

私は上昇しなかったから、上昇した皆さんが見えないのかな?

 

でもね、

消えた人も知りませんよ。

 

 

なになに?

次元上昇だから、存在が消えるわけじゃない?

 

なるほど、

私にはわからなかったので、最初から無かったのと同じですね。

ということは、ステージというものも私には感じられないので無いのと同じですか?

あなたにはひょっとして見えたりしているんですか?

 

感情で反応をして、すぐにのっかっちゃう

私も感情で反応して、すぐに乗っかっちゃうことがあります。

しかし、アセンションには乗っからなかった。

 

 

恐怖や優越感をくすぐるフェイクニュースだったの?

 

見事にその、恐怖も、優越感もあぶり出されたりしましたけどね。

 

アセンションしなかったらどうなるっていう話になってるの?と博識の知人に聞いたら

「それは死を意味する」と聞いて仰天しましたよ。

 

マジで(信じてるの?)と、口から言葉が出ましたわ。

 

そりゃあ「カルト」と蔑むような態度をする方が現れるかもしれませんね。

 

違う方面からみたら

受容について一度しっかり考えるチャンスとも言えますが

アセンションにあおられた方々は、感情が大きく影響しやすい脳のタイプとして私は認識・受容しました。

 

ただ、反応しただけだったんだね。と。

 

受容したと書きつつ、こんなに嫌味ったらしい文章でごめんなさい

 

今日の私の

嫌味ったらしい書き方に皆さんお気づきでしょうが

言いたいことはコレです。

 

そろそろ辞めませんかね。

こういうの。

 

 

上も下もなく、

「在る」という事について

存在しているということについて

少し考えてみませんか?

 

 

ステージというのを、

自分の成長の刻みのように励みとして使っていらっしゃる方には、

今日のような嫌味ったらしい文章を書いたことを心からお詫びします。

  

 

その方はきっと、

相対的な、多くの人がそれぞれ分散している階層などという認識はなく、

自分の中の年輪のような感覚だとお察しします。

他人と自分を比較するような認識ではない、自分の内面のこととしてのステージ。

 

そう言った方が記事を読んで

「そういう意味じゃないもん」と悲しくなることも私には不本意です。

誤解された様な気がして悲しいですもんね。

同じステージという言葉ですが、意味が違うという事があれば

「武田 嫌味節が炸裂しとんな~。馬鹿だな~ 得もしないのに。」と笑ってください。

 

 まっ! 私のことじゃないって書いてるから良いけどさ。と忘れてくださいね。

 

 

受容したのなら、こんな嫌味たっぷりの文章など書かなければ良いんですが

「知らぬ間に、恐怖や優越感をあおられる」という事例をちょっとわかりやすく書きたくなっちゃった。

 

分かりやすくしようとして、デフォルメみたいなことをしたら

クソ性格の悪い嫌味文章になりました。

 

 

多くの場合、

良いとこ取りの「教え」で

自分は自分。本来の自分になろう!と言いながら、ヒエラルキーも推奨しているというダブルバインドではないか?

と思ったものですから。

 

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