ステージという観念はここから来たのかな?

前回、この記事を書いた後

三角形の階層をどこかで見たな。

 

そうだ!お寺だ!と思い出しました。

 

takedamiki-j.hatenablog.com

 

如来の下に菩薩とか、その下に明王、天部というようなことです。

四天王の下に三十二将という仏神がいるというように

下の方へ行くと数が増えています。

 

西洋の考え方にも

まぁ~~~1回検索しただけですが、大勢いますね、天使が。

4大天使だったり、7大天使以外にも大勢。

そして階級があると。

 

これですかね、

私達にステージがあるという「教え」というか「考えかた」を

疑いもなく信じていった背景は。

 

神様にもあるんだから、人間にもあるでしょ?という感じかな。

 

そう言う意味では資本主義的にはありますよね。

組織なんかは大きくなればなるほど三角形が大きいし

資産とか収入とか、納税などでランキングもあるし。

 

 

その「ステージ」を無意識に人間の質・価値のようなものにも適応してるわけですね。

う~む、これは資本主義的思想なの?

ついに人間もそこに組み込まれましたか。と嘆かれてもはや随分経ちましたし、SF映画にもそんな設定は珍しく無いけれど、実際にそれを自分もやっているという自覚は感じにくいでしょうね。

こんなことを書いている私も、あると思います。

今は、「そうか!資本主義に飲み込まれた」ということはこう言う事も含まれていたんだな。と思っていますが、

それまでは「なんかおかしいんじゃないかな?」程度だったし、無意識にも「いや、私もまだ脳内にこういうことが組み込まれているな」と自覚もあります。

 

 

資本主義は脇へ置いといて、

神や仏がそのシステムを採用してるじゃん。となると、難しいことになってきますか?

 

神様、仏様?も存在にランク付けしているから、人間のヒエラルキーだって別に良いんじゃない?という質問をされたらどう答えようかな?と考えましたわ。

 

真っ先に浮かんだのは、

それは、その特定の信仰、宗派という中のルールであって

階級・階層について、了解を得て共通の認識になっていることではないですか?

という考え方だった。

 

約束事で

この会社に会長は〇名。

社外相談役は〇名

社長は1名。

副社長は〇名。

取締役は社内に〇名。社外に〇名。

部長は数が増えて〇名。

課長はもっと多い。

 

このルールで会社は活動していますという共通の認識がある。

 

今書いている共通認識ってこういう事です。

 

それを人間社会に当たり前なものとして適応されているのかどうか?から始めないといけませんね。

それを皆が了解しているのか?

 

だから、神様や仏様には階層があっても

即時それを適応するのは違うかな。と思っています。

 

 

これについて結論はありません。

ただ、どこからこういった考え方を派生させたのかな?と推測したくなっただけです。

 

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不動明王竹島にも像がありました。

 

そして、誰が広めたのかな?

 

最近のことじゃありませんね。

歴史で習った中にもありましたから。

 

表現される言葉が変わっただけですね。

 

 まるで、素敵なことのような表現に変わった分、厄介な気がしてきました。

 

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