途中はすっぽり抜け落ちており、もはや単体映画として鑑賞 「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」

Apeってなんだ?

久しぶりだからわからんのである。

 

 

子供の頃に観て以来かもしれない。

 

途中作品が作られているのは薄っすら知っていたが

昔のゆっくりとした猿の惑星とは大違い。

 

私が見ていなかった途中に

一体どんな変遷があったのだろうか。

 

 

以前、「最後の猿の惑星」という作品があったようだが

再スタートしたのね。きっと。

ja.wikipedia.org

 

知力はおあいこにしても、

身体能力面では完全に人間は劣性だと改めて認識したよ。

 

あぁ、対象はApeね。

 

 

そして、

劇中のオランウータンが

イメージ通りのオランウータンが描かれていて

あれ?! オランウータンってよく見るとこういう顔の創りをしてるんだ!を超えての安心感を与えてくれた。

 

仲良くするために「あげる」

劇中で、動物園出身のApeが出てくる。

 

最初は、人間の女の子に自分のものを触られたくなくて「ダメ、触らないで」と言うのだが

その内、皆と仲良くしたくなってきて

「友達だから」とクッキーをふるまう。

そのあと、女の子にも「触らないで」といっていたプレートをあげる。そして「あげたよ。友だち」というくだりがあるのですが、

仲良くしようとおもうから「あげる」ってあるよな。と気がついた。

 

モノをあげなくても

配慮や、心づかい、気配りだって この「あげる」という感覚に含まれている。

 

一方、欲しいだけのヒトは、相手が配慮や、心づかい、気配りを自分にするのは当たり前だと思う傾向にあるんじゃないかな。

 

  • 「あげたら」損をすると感じる
  • 相手が得をすることが自分の損になる
  • 自分が貰うのは良いが、自分からナニカを出すのが嫌だ

一種の利己主義な発想と反応だろう。

 

モノやお金は目に見えやすいから「減る」「無くなる」という反応に直結するのは理解しやすいけれど、気持ちや心にもこれを適応しているのだろう。

 

念のために書くと、あげれば良いってもんじゃない。

依存の時は、自分やモノ、お金を捧げるような言動をして「愛」と双方が勘違いする時がある。

勘違いだから蜜月は長く続かない。

多くはその後に苦しみが待っている。

コントロール、主導権を巡って 戦いが始まることがほとんどだし、どっちか(両方か)が心体不調を起こすし

不調を起こしつつ、ずっと続く関係もある。

 

 

自分から仲良くする方法がわからないということもある。

あげたい気持ちはあっても「どうしたら良いのかわからない」

そんな時は、聞く機会があったら、

「なにが嬉しいか?」と質問してみたらどうだろう?

 

あなたにとって、とんでもないモノが欲しいと言ったら

関係を進めるのを立ち止まれば良いだけだもの。

 

聞く勇気はほんの一瞬だけれども、

単純に「尋ねる」ってことが難しい時は難しい。難しい時がある事を知った上でのあえてのご提案です。

 

これについては、また機会を改めて書いてみたい。

 

小さな争いから、大きな争いまで

この作品の中で争っています。

 

何と何が戦っても、根底は一緒のようだが、

巻き込まれていく者たちを思って泣けた。

 

 

 自分の意思ではなくて、巻き込まれているだけだということや、

当たり前に「選択」と言うが、選択というのは、なにかに流されていて、自分の意思ではないということに気がつけなかったらその選択すらできないということについても改めて考えた。

 

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猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)

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