やっぱり いいもんだ

スポーツに打ち込んでる中学生君。

 

彼と話をしていると

(そんなに好きなものに出会えて良かったね)と素直に思う。

 

私が中学生の頃は

皆や友達が好きなものを

自分も好きなような気がしたりしてたけど

友達ほどは打ち込めないし、夢中になれないから

自分は人より決定的にナニカ劣ってるんじゃないか?と疑っていたような気もする。

 

人間としての機能が、欠陥してるんだろうか?と。

 

好きなもの(事)が無いと ヤバイ(当時はヤバイ という言葉は無かった)。

中学生なのになんだか自分自身の的を得られない独特の感覚の正体がわからない気持ち悪さもあった。

 

この感情については

今になると「焦り」に似たものであろうとなんとなくわかる。

 

イキイキしてる 輝いてる楽しそうに見える友達。

上辺は同じフリをしていても 燃える物が無い寂しさを感じている私。

 

と言った具合だろうか。

 

 

いろいろ書くと長くなるのですが、

中学生の彼氏君が 勉強もやると決めたら先生も親も同級生も褒める高得点を出すようになったり

好きなスポーツとの関わり方を(もちろんプロも視野に入ってる)自分で計画したり

もっと長い目で捉えた人生についても計画していたりするのを見ると

 

あぁ、この中学生の彼氏君は

私が自分が中学生の時に(凄いなぁ。なんか定まってて凄いなぁ。私には無いなぁ)と眺めていた、大切な所が定まってように見えた同級生達ととても共通点がある。

 

 

私が今のように大人になり、

中学生の彼氏君の話を、我が子とは思わないが、歳の離れた友人や、親戚の子みたいな感覚を感じて

単純に彼の嬉しいと感じた事を一緒に喜べる様になってることが嬉しい。

そんな自分が嬉しい。

 

 

我が子に嫉妬するケースもある様だし

甥っ子や姪っ子が幸せそうにしてると気にくわないと感じるケースもある様だ。

友人の子供の活躍が面白くないとか。

他人の活躍が妬ましいとか。

 

 

こういうのって、色んなことに紐づいていて

感情のケアがそう簡単じゃない時もある。

案外?以外に? 根が深い時ってある。

 

 

そして、もう一度考えると

私は、勉強にも、打ち込めるスポーツにも、中学生の時は出会えなかったけれど

大好きな小説や本、マンガは同じものでも何度も何度も読んで、何度も何度も楽しんでいた。

 

飽きもせず、文字を読んでいた。

だから、新聞を読むのも楽しかったし、好きだった。(休刊日はガッカリしてたもの。)

 

地味過ぎるし、本を読む事自体が輝いてないしって思ってたけど、私は私なりに好きなものに出会ってた。

 

自分の頭で考えてみるという事を楽しんでいたというより、結果的に自分の頭で考えられる様になるための土台づくりを楽しんでいた。

自分の頭で考えられるようになりたかったからだろう。  

 

 

それは中学生の彼氏君が「スポーツで秀でたい。」と思うのとやっぱり似てるんでしょうね。

 

 

中学生の頃の私は

「たいして輝いて見えない」自分と同じような人種を尊敬せず

輝いて見えるチームに劣等感を持っていたんだろうけど

その思考自体がバカである。

 

輝きチームに劣等感を持つのはわかるし、それも大切な体験だとしても、

それに紐づいて、たいして輝いていない。とそれこそたいして相手のことも知らないくせにレッテルを貼るあたりがバカ丸出しである。

 

これが私の中学生時代だ。笑

 

今はコラムやこのブログに、わかったような事を書いていますが(分かってるとは書かない。分かったような事と表現したい)

元々は、なにがなんだか分かってなかったし、違和感はあっても、じゃあどうしたら良いのか?も知らなかった。

 

 

今はこの時よりちょっとはマシになってるつもりでいるが、ひょっとしてマシになっていなければ真剣に考えんといかんですよ。

 

やり直しですわ。

 

 

 

まぁ、何度でも何度でも時間があるなら、やり直したら良いんだけどさ。

 

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