遥か昔に読んでいた。書籍「バスがだめなら飛行機があるさ」

 

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 こちらの記事に書いた

 

バスがだめなら飛行機があるさ (幻冬舎文庫)

バスがだめなら飛行機があるさ (幻冬舎文庫)

  • 作者:内館 牧子
  • 発売日: 1997/04/01
  • メディア: 文庫
 

 こちらの本ですが、

表紙をめくって目次を見た時に

(あれ? 読んだことあるかな?)と感じたけれど

似た感じのエッセイなども多く読んできたので

それらとダブらせているのかな? と思いつつ読み始めました。

 

そして、(あぁ 絶対これを読んだ)と思える

記憶にあるフレーズが登場しました。

 

遥か昔にこの本を読み、当時 友人に伝えたことがあったんです。

その時の私たちの会話を思い出しました。

 

 

これを改めて読んでみて、

今自分がコラムに書いているような考え方を ふと眺めました。

 

このエッセイに登場している多くの女性達のエッセンスが少しずつ混ざっているような気がしました。

 

ということは

こちらのエッセイが私の血肉になっているという事でしょう。

 

私も悩み、どう考えようか? どう捉えようか? どう収めようか? と葛藤している真っ最中に、この本を紹介くださったニクヨさんが「救われた本」と記憶に残っているように、(私はタイトルこそ忘れておりましたが)私自身も救われたんだと思う。

 

  • 脳を自分で創っていく
  • 感性を育てていく

というような事の一部に組み込まれてきたんだという事を改めて感じました。

 

今日現在は

あの頃のように悩んでおりませんが、

  • なぜ私に老成感がずっとあったのか?
  • 諦観、諦念という感覚があったのか?

の理由がこちらの本に書いてありました。

 

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自分の感情の具合が失感情症ではないのに、他人様と比較してなんだか違うと感じた理由もわかりました。

 

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精神的な老成ということが鍵でした。

 

 

また、こんなことも頭に浮かびました。

 

割と感情の影響が現れる方に「あなたは失感情症ではないか?」と問うたという方の話も聞いたことがあります。

その話を伺った時に「は?」とその真逆な様にちょっとした驚きも感じましたが、

自分の脳内・感性に無いものは見えないですよ。

表面が似たように見えるもので、その実異質なものを見分けるということも得意不得意がある。

 

この先の連続シリーズのコラムにも登場しますが、ルドルフ・シュタイナー氏曰く、

「自我感覚」が育っていないと、物事の本質ということは感じにくいらしい。

誰が自分の言葉で話しているのか? 誰が受け売りの話をしているのか?という違いも分からないという事が書いてあった。

 

私はこういった感性について、友人から「自分の言葉で話している」という言葉にシンプルに言語化ができるという素晴らしさを教えてもらった。

私がこの言葉を友人から聞くまでは「ただ、感じていただけだった」からだ。

 

ありがたい。本当にこういった事は金銭に変えられない有り難さがある。

 

そして、彼女も率直なたちで、脳の傾向が似ているような気がしている。

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本質が今は見えなくても

誰が自分の言葉で話しているのかが今はわからなくても それで良いんだと思う。

 

それをスッタモンダしながら学んでいくんだもの。

 

判ったつもりになると物事は見えなくなったり、聞こえなくなったりするようなので

私自身も心がけていきたいと思っています。

 

ということで、

只今連続シリーズのコラムを書いてアップしています。

もしよろしければご一読ください。

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